
風土改革の実例
~第7幕~
ある会社の研究開発部門の風土改革
マネージャーが社長と議論して、いきつく先は改革だった。共有の価値観・アイデンティティー・ビジョンを作るまでの過程を追った実例の物語である。
(実例としてのストーリーですが、登場する団体・人物などの名称はすべて架空のものです。)

第7幕
改革ミーティング7回目
1週間が経過し、宿題も二人の部長からは提出されている。他の部長はどうなったのであろうか?例によって当日には間に合わせるつもりだろう。慣れてきたので筆者はあまり心配していない。またシナリオのたたき台はすでにメールで送られてきている。流石である。この改革の中心的なリーダーは自ら課題をまとめたり、シナリオのたたき台を作ってきたこの古葉部長であろう。実は筆者、本気のリーダーが出てきた事によってファシリテーターとしてほっとしているのである。なぜなら、本気のリーダーがいない事には何時までもファシリテーターに頼り、自ら進んでいけないからである。さて本日は、課題三つに対してどの様な施策を講じていくかという案件レベルをまとめて行く事、中間プレゼンテーションへのシナリオを確定して行く事である。現状の仕事のプロセスをどれだけ洗いざらいにして、問題を見える化し、それを解決するための方向性を社長に納得させるための重要なシナリオ作りである。
さてその叩き台に書かれた現状認識は以下のようなものだった。
「1)現状状認識:現状の研究所の力量は決して低いものとは考えておりません。まだ、技術を極めている、全世界のTOP、と言えるレベルには達してはいませんが、日々着実に進歩しています。しかし残念ながら、その進歩は先輩達が築きあげた既存技術や経験則の上に立ったもので、その範疇を抜け出るものではありません。このままでは、近年の激しい環境変化、また熟成し優位性の確立が困難なマーケットでは生き残る事が出来ないものと危惧しています。そこで、この現状を打破するために、研究所力量の更なるUP、今まではとは違う一段上のステージへの上昇が必須であると考えています。」
「2)理念策定の目的:一段うえのステージへ上昇するには、所員全員の力を集中させなければなりません。その際、研究所運営方針にブレや各自のベクトルの差があっては戦力の分散を招くだけで大きな成果は望めません。そこで、理念を策定しました。研究所としてあるべき姿の根幹を定め、改革を進める上での判断基準といたします。」
背景の説明としては、なかなかの文章ではあるが、現状認識としては、もう少し具体的な悪さ加減なども示した方が良いような気もする。7s分析の結果なども整理し、ロジカルに問題点を見せたほうが良いのではなかろうか?または、この段階では意気込みだけにし、施策を打って行く時に詳細の問題を見せて解決すべき方法論を展開した方がいいのか?実際にはそこそこ7s分析を試みた後に出来上がった理念であるということも忘れてはならない。
会議が始まった。1ページ目の現状認識については、全員がいい感じという意見であった。そこで筆者はすかさず
「現状認識というよりは背景のような気がするんですが」
と振ってみた。
「確かに言われるとうりで、ちょっと違うなー」
と誰かから聞こえてくる。叩きを作った古葉部長は
「あくまでも叩きだから、どんどん叩いて頂戴。」
と言っている。
「じゃーどうすれば?」
と筆者へふってこられたので、あえてこちらは意見を言わず、
「どうしましょうか」
と投げかけて見た。すると、叩きを作った古葉部長は、
「施策を3つにまとめる際に、ロジックツリーでいろいろ考えたものがあるのだがそれを使おうか」
という提案であった。自信ありげにその資料をフォルダーから取り出してきた。見ると確かに問題や施策のロジックツリーができていて、いいのだが、古葉部長の頭の中をロジックツリーで書いてあるだけなので全員が
「ふーん」
という感じで食いついてこなかったのである。そしてしばらくして、
「一番最初に7s分析をやっているので、それを使うと良いのではないか」
と誰かから声が上がった。そしてそのファイルを全員で確認すると、
「確かにやってるじゃん」
「これをうまくまとめてみるといいんじゃないか」
「よし、じゃやってみよう」
となる。筆者はこの瞬間を逃さず付け加えた。
「7s分析を通して洞察してきた結果と、リーダーの想いを乗せたものが理念になっているので、7s分析の洞察はしっかりと伝えないと社長は納得しないでしょう。外せないところですよね」
すると、全員納得して、現状認識を7sの各分類に従って、まとめ直す作業に入ったのである。プロジェクターに映し出された資料を観ながらパソコン上で操作しているのは西田部長である。こういうまとめの作業はめっぽう強い。
「この項目はこれと近いですよね」
と言いながらKJ法でサクサクとセルを移動してまとめていく。しかしながら、議論していると
「そこではなく、こっち」
と意見が飛んでくるのである。結構これには時間を費やした。それもそのはずで、全員が施策の事に気を奪われており、その施策は現状の問題点を解決するのか?という視点を忘れていたからである。また、現状を再度7sに従って整理し直す事にもなり、再認識しながらの作業となったからである。したがって、これから施策を詰めて行くという段階でこの再認識の作業は非常に効果的な時間となったのである。付け加えるならば、我々がやろうとしている事は、現状の問題を解決するとともに、やりたい事も実現して行くという事になっているのか?という一石二鳥の観点がこの様な改革には必ず必要なのである。筆者の持論かもしれないが、《リーダーたるもの、一石を投じるならばニ鳥三鳥も狙え》という風にいつも思っている。 また、一石を投じる事によって、7sの各要素に影響し、各要素において改善がされていくことが重要である。例えば、systemの変更によって、skillやstaffの向上につながるなどである。こうやって、現状認識の7s分析の再認識の作業は終了した。
次に
「施策の方向性を大きく3つに分けたのだが、これに異論は無いのか確認したいんですが」
と叩きを作った古葉部長から意見が出た。筆者が言わなくても自ら議論が進んでいる。いい調子だ。とその時、
「中長期計画だとかテーマのスクリーニングだとか、時間の余裕を創るというテーマ自体はいいんですが、本当に私たちにできるんでしょうか?」
と、西田部長から目線は下を向いたまま、全員に投げかけたのである。筆者からするとかなり弱気の発言だとおもわれた。
「そうなるのは理想なんですが、経営の中期計画さえいつも変更変更、商品開発計画もつい数週間まえに作って会議で承認されたものが、誰の権限か知りませんが、すぐに頓挫する事が良くあるんです。開発しているほうはたまったもんじゃ無いんです。また、頓挫したは良いが、会議にかける事もなく次の開発要請が飛び込んでくるのです。計画なんてありゃしない状況です。言ってくるほうのロジックはいつも商品は市場が決めるというもっともらしい話なんですが、バイヤーに振り回されてるだけじゃないかなんて思ってしまうんです。そんな状況で本当にこのような施策(中長期的な課題をやっていくという施策)が私たちにできるんでしょうか。この問題は研究所にあるというよりマーケティングや経営の問題ではないかと思うんですが。だから、もう少し研究所よりの課題にしたほうがいいのではないでしょうか。」
息もつかずに言い切ってしまえといわんばかりの勢いでかなり深刻な顔での発言であった。全員がそれを感じているようだった。恐らくこれに近い経験が少なからず過去にあったのだろうとすぐに推察できた。他の部長からは
「そこまで、商品開発現場は振り回されているのか?それが本当だったら社員のモチベーションは保たれていないんじゃないでしょうか?」
西田部長は
「とりあえず社員は真面目で素直なので、それはちゃんとやってくれます。逆に言うと、それが当たり前になっているかもしれません。そんな所へ技術的な中長期的課題をやるという事ができるのかというのも疑問なんです。モチベーションという観点では最初に業務についた頃は商品が市場に出て行くこと自身がモチベーションにつながっていたが、それも慣れてくるとどうなんでしょうかね。」
と帰ってくる。変えることができるかどうかという不安と変えたいという気持ちが交錯して、この様な議論は続いた。筆者はあえてとめなかった。不安な事、納得出来ない事は、すべて吐き出しておかないと、後で実行レベルの際にその点が引っかかって前に進まない事が良くあるからだ。しかしながらこのまま交錯した状態の議論を続けても仕方が無いので、筆者は次のように議論をふった。
「今皆さんが議論している事は、この会社の一番の問題だと思ってるんですよね。」
すると、全員とも首を縦に振り同意の表現だったので、
「だとしたら、この問題を解決する事自身が今回の改革の本丸になるのではないでしょうか。全社的な問題であるので、少なくとも、次の社長プレゼンにはこういった問題をしっかり伝え、社長との議論に持ち込み、社長にやって欲しい事はお願いするスタンスで望まれてはどうでしょうか。」
全員がこの意見に耳を傾けてくれた。《トップを巻き込む》これは改革には必須要件である。それを感じてもらったかどうかは分からないが、そういうスタンスで望む事に全員が納得したのである。そして、中長期的な技術課題を進めて行く上での課題は各事業ごとに異なるようなので、プレゼン時には、各事業ごとに問題点や課題を掲示して、それぞれの施策案があればそれも加えてプレゼンする事に決まったのである。西田部長からはコメントが無かったので了承したものと思われたが、自分の事業部署の課題をまとめ切るかどうかはこの段階では「大丈夫かなー」というのが筆者の正直なところの感想であった。
最後には、再度プレゼンのシナリオを確認した。背景・目的に加えて、本日議論した現状認識を7sの観点から整理したものを追加する。そして、理念の説明。ここまでが次の社長プレゼン時の承認事項。これ以降は課題の方向性。理念までのシートはたたき台を作った部長が修正し、そして各事業における問題点や課題は各部長が作成する事となったのである。
「プレゼンは誰がやろうか?」
という話になって、叩きを作った古葉部長から新規事業研究部の野原部長に
「発言が少ないのでやってもらえませんか」
と一瞬投げかけがあったが、それが冗談かどうかは別としてその提案は取り下げ、
「ジャンケン!でいきましょう」
ということに。面白いことにこのジャンケンの結果、今回の改革の発端になった古葉部長に決定した。
「やっぱり俺か!」
と喜びと責任に満ち溢れた表情で
「やります」
と宣言したのであった。プレゼンする人も決まり次までにやる事が確認ができたので、本日の5時間強に及ぶ会議は終了した。
その数日後、野原部長から、ショッキングなメールが来たのである。この様なメールが飛んできた。
「かつて、私が部下であった頃、私の話は全く聞かない上司だったんです。だから今もあの人の前ではあまり話す気にならないのです」
彼女があまり話さない理由はまさしくここにあったのだ。まさしく羊の仮面を被った狼である。かつての感情が邪魔をして、思い切った発言が出来ないのだろうか。古葉部長は「憎い人」といった感情から発言したくないといったことなのか?これは足並みを揃えるには少しばかり困った問題である。アイデアを育むというvaluesに従って行動すればいいのだが、過去の嫌な事がその行動を阻んでいるのだ。一種のトラウマに近いものだろうが、からだが自然と嫌な経験を二度としないための防御反応を示しているのだろうと思われた。とりあえず、
「よくお話しいただき、ありがとうございます。今度お話しさせて下さい」
とだけ、メールで返信したが、この段階では筆者もどうしたものやらと腕を抱え込んでしまった。ここへの対処は考えものだ。苦手な人は誰にでもあるものだ。彼女のトラウマを除く事は彼女が望まない限りこちらが手を出す話ではないので、とりあえず彼女の気持ちは預かり、今後は中立的にファシリテーションしていく事しかないのだろうとその場では決めた。
改革ミーティング7回目